在位9年半 V18の絶対王者 VS 身長206センチの新星
オッズは4対1でクリチコ有利だが…
9年半に18度の防衛を重ねている絶対王者に、身長206センチ、リーチ216センチの大型ホープ、24戦全勝(18KO)のフューリーが挑む注目の一戦。39歳のクリチコが防衛のテープをさらに伸ばすのか、それともフューリーが新しい時代の扉を開けるのか。
当初、この試合は10月24日に予定されていたが、試合の1ヵ月前にクリチコが左足首の腱を痛めたため延期された経緯がある。両者のコンディションも試合を左右するカギになりそうだ。
クリチコは2000年10月から03年3月にかけてWBO王座を5連続KO防衛したあと、3年間の無冠時代を経て06年4月にIBFで返り咲きを果たした。以後はまったく危なげなく18度の防衛を重ねてきた。この間、WBO王座とWBA王座も吸収し、3団体統一を果たしている。「スティール・ハンマー」のニックネームがあるように、ヘビー級のなかでも特別な強打の持ち主で、206センチのリーチを生かした長距離からの左ジャブで突き放し、ここぞというタイミングで198センチの長身から強烈な右ストレートを打ち込むスタイルを確立している。V18のうち13試合はKO(TKO)で終わらせており、通算戦績も67戦64勝(53KO)3敗と高いKO率を残している。また、直近の5試合中4試合がそうだったように、第2次政権で撃退したのべ18人のうち8人は無敗の挑戦者だった。挫折を知らない自信満々のチャレンジャーたちをことごとく打ち砕いてきたわけだ。
強打だけではない。ワンツーが上滑りしたと思えば巨体を相手に預けて反撃を断つなど、近年は戦い方が老獪になってきてもいる。20代のときは長丁場の戦いや耐久面が不安視されたが、経験値が上がった最近はスタミナ配分も巧みになり、クリンチなど際どい防御テクニックを多用することで被弾も最小限に抑えている。その結果が39歳で18度の防衛という数字に表れているといえよう。
対するフューリーはアマチュアを経て08年12月にプロデビューした。ちょうどクリチコが6度目の防衛戦(ハシム・ラクマン戦)を迎えるころのことである。クリチコは兄ビタリとともに兄弟世界王者として知られるが、このフューリーも父親や従兄弟(ヒューイ・フューリー)もボクサーという格闘家系だ。実績面ではクリチコの足下にも及ばないが、それでも英国王座、英連邦王座、欧州王座、WBOインターナショナル王座などを獲得してきた。ディレック・チゾラ(イギリス)を2度下しているほか、元IBF世界クルーザー級王者のスティーブ・カニンガム(アメリカ)や世界王座に挑戦した経験を持つケビン・ジョンソン(アメリカ)にも勝っている。
フューリーの最大の特徴はヘビー級のなかでも特大サイズの体にあるといっていいだろう。身長206センチ、リーチ216センチ、体重は直近の試合が260ポンド(約118キロ)で、過去には270ポンド(約122.5キロ)を超える体重のときもあった。基本的な構えは右だが、これだけの重量級でありながら機をみて左構えにチェンジするなど器用なところもある。クリチコは「これまでにも自分よりも大きな相手と戦ったことがあるが問題はなかった」というが、スピードがあって構えを左右に変える変則スタイルに戸惑う可能性もありそうだ。また、フューリーにはクリチコのような爆発的なパンチこそないが、それでも75パーセントのKO率は侮れない。
試合が決まってからフューリーは「クリチコの試合は醍醐味に欠ける。動きがぎくしゃくしていて、まるでロボットみたいだ。ロートルだから仕方ないのだろう」と挑発。クリチコも「この試合が終わったらフューリーにはサーカス団のピエロの仕事を紹介してやろう」とやり返すなど激しい舌戦が展開されてきた。その流れのまま感情剥き出しの打撃戦になるのか、それとも一転して技術戦、頭脳戦になるのか注目される。経験値で大きく勝る王者がオッズでは4対1でリードしているが、これは最近のクリチコの試合では最も接近した数字となっている(アレクサンデル・ポベトキン戦:13対2、アレックス・リーパイ戦:11対1、クブラト・プーレフ戦:5対1、ブライアント・ジェニングス戦:14対1)。総合力では絶対王者が上回ることを認めつつ、世代交代を予想、あるいは期待する声も決して小さくはないということだろう。
Written by ボクシングライター原功
ヘビー級トップ戦線の現状
WBA SC:ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)
WBA :ルスラン・チャガエフ(ウズベキスタン)
WBC :デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)
IBF :ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)
WBO :ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)
9年半に18度の防衛を果たしているウラディミール・クリチコ(ウクライナ)が頭一つ抜けた存在感を示している。V18の内容をみても危ない場面は皆無で、逆に「面白みに欠ける」と指摘する向きもある。かつてのような守りに回ったときの脆さはみられなくなったが、耐久力に課題を抱えていることに変わりはない。39歳という年齢と最重量級ということを考えれば、突然の崩壊を迎えたとしても不思議はない。その相手が今回のタイソン・フューリー(イギリス)であったとしても――。
クリチコの天下が続く一方、新しい力の台頭も顕著だ。そのトップを行くのがWBC王者のデオンテイ・ワイルダー(アメリカ)である。今年1月にバーメイン・スティバーン(アメリカ)を下してアメリカに約8年ぶりに世界ヘビー級王座をもたらし、矢継ぎ早に2度の防衛をこなしている。今年に入って行った世界戦は12回判定、9回TKO、11回TKOと勝負が長引いているが、昨年までの32戦すべてが4回以内のKO勝ちだったことを考えれば、いまは一戦ごとに経験値を高めているという見方もできる。来年1月に3度目の防衛戦をクリアした場合、4月か5月にWBCの指名挑戦者で元WBA王者のアレクサンデル・ポベトキン(ロシア)の挑戦を受けることになる。その試合で真価が問われることになるだろう。
12年ロンドン・オリンピックのスーパー・ヘビー級金メダリスト、アンソニー・ジョシュア(イギリス)も順調にキャリアを伸ばしている。ここまでの14戦はすべて3回以内のKOで片づけており、勢いもある。このまま成長を続ければ2016年の秋には世界挑戦が具体化するかもしれない。身長198センチ、リーチ208センチ、体重約110キロと体格にも恵まれているだけに、新しい時代をつくる可能性を秘めている。
返り咲きを目指す元王者 VS 身長202センチのバイキング
ポベトキンの危険な前哨戦
王者と同等の力量を持つと評価されているポベトキンが、来春のWBC王座への挑戦を前に危険な相手と前哨戦を行う。ポベトキンが順調に挑戦に駒を進めるのか、それともワフが番狂わせを起こして権利を強奪するのか。
04年アテネ・オリンピックのスーパー・ヘビー級金メダリストでもあるポベトキンは、11年8月にWBA王者になったが、4度防衛後の13年10月にスーパー王者のウラディミール・クリチコ(ウクライナ)に敗れて無冠に戻った。判定まで粘ったものの計4度のダウンを喫する完敗だった。しかし、その後はマヌエル・チャー(ドイツ)、カルロス・タカム(カメルーン)、さらにマイク・ペレス(キューバ)を7回KO、10回KO、1回TKOで下している。世界ランカーを連破したことで評価も存在感も再浮上しているところだ。30戦29勝(21KO)1敗。
対するワフは身長202センチ、リーチ208センチ、体重113キロ前後という大型選手で、32戦31勝(17KO)1敗とポベトキンと比べても見劣りしない戦績を残している。ポベトキン同様、唯一の敗北はクリチコに喫したもので、こちらも12回判定負けだった(12年11月)。パンチ力は平均の域を出ないが、懐深く構えるため相手にとっては戦いにくいタイプといえよう。
総合的な戦力はポベトキンが上回っているが、身長で14センチ、リーチで17センチ、体重でも10キロ以上の差があるだけに、想定外の展開や結果もあり得そうだ。ポベトキンがデオンテイ・ワイルダー(アメリカ)への挑戦に前進するのか、それともワフがその座を取って代わるのか。こちらも興味深いカードだ。
資料(1)<ヘビー級歴代王者たちの身長と体重>
ジョン・L・サリバン(アメリカ) | 1880年代 | 178センチ/90キロ |
ジャック・デンプシー(アメリカ) | 1920年代 | 185センチ/87キロ |
プリモ・カルネラ(イタリア) | 1930年代 | 197センチ/120キロ |
ジョー・ルイス(アメリカ) | 1940年代 | 187センチ/90キロ |
ロッキー・マルシアノ(アメリカ) | 1950年代 | 179センチ/84キロ |
モハメド・アリ(アメリカ) | 1970年代 | 190センチ/100キロ |
マイク・タイソン(アメリカ) | 1980年代 | 180センチ/100キロ |
レノックス・ルイス(イギリス) | 2000年代 | 196センチ/112キロ |
資料(2)<2000年以降の主な大型ヘビー級王者>
ニコライ・ワルーエフ(ロシア) | 213センチ/145キロ |
ビタリ・クリチコ(ウクライナ) | 201センチ/112キロ |
ウラディミール・クリチコ(ウクライナ) | 198センチ/110キロ |
デオンテイ・ワイルダー(アメリカ) | 201センチ/102キロ |
資料(3)<近年の世界ヘビー級王者の年齢>
ジョージ・フォアマン | 45歳で王座獲得 |
レノックス・ルイス | 37歳まで王座保持 |
イベンダー・ホリフィールド | 37歳で王座獲得 |
ビタリ・クリチコ | 42歳まで王座保持 |
ウラディミール・クリチコ | 39歳で王座保持(現役) |
シャノン・ブリッグス | 34歳で王座獲得 |
ルスラン・チャガエフ | 37歳で王座保持(現役) |
資料(4)<TALE OF THE TAPE>
クリチコ | フューリー | |
生年月日/年齢 | 1976年3月25日/39歳 | 1988年8月12日/27歳 |
出身地/国籍 | カザフスタン/ウクライナ | イギリス |
アマ実績 | 96年アトランタ五輪金 140戦134勝(65KO)6敗 |
06年世界ジュニア選手権銅 |
プロデビュー | 96年11月 | 08年12月 |
身長/リーチ | 198センチ/206センチ | 206センチ/216センチ |
体重 | 111.4キロ | 112キロ |
プロ戦績 | 67戦64勝(53KO)3敗 | 24戦全勝(18KO) |
Written by ボクシングライター原功