鋼鉄の拳 VS ダイヤモンド・ボーイ
41歳の王者が有終の美を飾るか
96年11月のプロデビューから16年。膝の故障のため王座を返上して4年のブランクもあったが、クリチコは弟のウラディミールとともにヘビー級に一時代を築いてきた。この7月で41歳になり、10月にはウクライナの選挙にも出馬を予定するなど政界進出も既定路線となっている。引退が決定的なクリチコがラスト・ファイトをKO勝利で飾ることができるかどうか。
クリチコは15歳で空手とキックボクシングを始めた。18歳で国際式ボクシングも始めたため、一時期は同時に似て非なる三つの格闘競技を同時に習っていたことになる。91年にラスベガスで開催されたキックの世界大会に出場した経験もあり、翌92年には東京で催された空手の大会にも出場している。「みんな親切で優しかったので、あのときから日本には好印象を持っている」(クリチコ)のだとか。94年にはタイで行われたアマチュア・ボクシングのワールドカップにも出場している。
96年のアトランタ五輪にも出場が期待されたが、体調を崩して国内予選を回避。代わりに弟のウラディミールが出場して本戦でも金メダルを獲得している。アマチュア戦績は134戦119勝(80KO、RSC)15敗という見事なもの(210戦195勝80KO、RSC15敗という説もある)。
途中で2度の敗北はあるものの、プロでの道程もまずは順調だったといっていいだろう。3度の戴冠、16度の世界戦(14勝11KO2敗)を含む46戦44勝(40KO)2敗のレコードは、ヘビー級史のなかでも燦然と光るものといえる。「面白みに欠ける」という声もあるが、これはクリチコが強すぎるでもあり、本人に責任を求めるのは酷というものだろう。レノックス・ルイス(イギリス)が去ってからはライバルが存在しなかったことの不幸をこそ嘆くべきだろう。
一方、挑戦者のチャーもクリチコと同じような経歴の持ち主である。中東レバノン出身でドイツ在住の27歳は、17歳のときにキックボクシングを始め、2年後にはドイツの国内王者になっている。並行して修練に励んでいたアマチュア・ボクシングでも数々の大会に出場している。
プロデビューは05年5月で、以来7年間に21戦して全勝(11KO)というレコードを誇る。しかし、世界的強豪との手合せは皆無で、わずかにオーウェン・ベック(ジャマイカ)、ダニー・ウィリアムス(イギリス)といって世界挑戦経験者との対戦がある程度だ。峠を過ぎたベックに10回TKO、ウィリアムスにも7回TKOに下すまで手を焼いており、その実力は世界レベルでは未知といえる。
両ガードを比較的高く上げたスタイルでプレッシャーをかけ、距離を詰めてワンツー、左フックで攻め込む比較的シンプルな攻撃パターンを持つ右ボクサーファイター。動きそのものは悪くないが、クリチコを惑わせるほどのものでもない。
クリチコが集中力さえ欠かさなければ大きなトラブルに陥ることはないとみる。勝負を焦ることなく左ジャブでコントロールしていけば中盤までには決定打を打ち込むチャンスが訪れるのではないだろうか。
Written by ボクシングライター原功
ウラディミール・クリチコ
ヘビー級トップ戦線の現状
WBAスーパー:ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)
WBA:アレクサンデル・ポベトキン(ロシア)
WBC:ビタリ・クリチコ(ウクライナ)
IBF:ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)
WBO:ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)
相変わらずクリチコ兄弟の天下が続いている。3団体統一王者のウラディミール・クリチコ(ウクライナ)も11月10日にドイツでマリウス・ワフ(ポーランド)との防衛戦が決定した。このワフは世界的には無名だが、身長202センチとクリチコよりも大きく、27戦全勝(15KO)と不気味な存在だ。
WBAのレギュラー王者アレクサンデル・ポベトキン(ロシア)も9月29日に元王者ハシム・ラクマン(アメリカ)との防衛戦を控えている。このところアメリカのヘビー級勢は17連続挑戦失敗という不名誉な記録を更新中だが、そのストップを39歳のラクマンに望むのは酷というものだろう。先物買いになるがセス・ミッチェル、デオンタイ・ワイルダーら新鋭の台頭を待つしかないだろう。
こうした一方、元王者デビッド・ヘイ(イギリス)が戦線復帰したことで、少しは活気が戻ってきそうな気配だ。北欧の巨人ロバート・エレニアス(フィンランド)、イギリスの巨漢タイソン・フューリーも来年あたりは世界戦に絡んでくる可能性が高く、そう遠からずヘビー級に混迷の時代が到来するのではないだろうか。
<資料> ビタリ・クリチコの世界戦全戦績
99.6 | ハービー・ハイド | ○ | 2回KO | ※WBO世界ヘビー級王座獲得 |
99.10 | エド・マホーン | ○ | 3回TKO | 防衛(1) |
99.12 | オベド・サリバン | ○ | 9回終了TKO | 防衛(2) |
00.4 | クリス・バード | ● | 9回終了TKO | ※WBO王座失う |
03.6 | レノックス・ルイス | ● | 6回TKO | ※WBC王座挑戦 |
04.4 | コーリー・サンダース | ○ | 8回TKO | ※WBC王座獲得 |
04.12 | ダニー・ウィリアムス | ○ | 8回TKO | 防衛(1) ※WBC王座返上 |
08.10 | サミュエル・ピーター | ○ | 8回終了TKO | ※WBC王座獲得 |
09.3 | ファン・C・ゴメス | ○ | 9回TKO | 防衛(1) |
09.9 | クリス・アレオーラ | ○ | 10回終了TKO | 防衛(2) |
09.12 | ケビン・ジョンソン | ○ | 12回判定 | 防衛(3) |
10.5 | アルバート・ソスノウスキー | ○ | 10回KO | 防衛(4) |
10.10 | シャノン・ブリッグス | ○ | 12回判定 | 防衛(5) |
11.3 | オドラニエル・ソリス | ○ | 1回KO | 防衛(6) |
11.9 | トマス・アダメク | ○ | 10回TKO | 防衛(7) |
12.2 | ディレック・チゾラ | ○ | 12回判定 | 防衛(8) |
※世界戦の戦績=16戦14勝(11KO)2敗